第24回新潟水俣環境賞作文コンクール優秀賞受賞作品の全文を掲載します!


(写真提供:新潟水俣病共闘会議)
 
新潟水俣病被害者の会と新潟水俣病阿賀野患者会は6月、「第24回新潟水俣環境賞作文コンクール」の受賞作品を発表し、5名の方々が優秀賞を受賞されました。同コンクールは、新潟水俣病被害者の「こんな苦しみは自分たちだけでたくさんだ。子や孫に同じ苦しみを味わわせてはならない」という切なる思いから、次代を担う子どもたちに身の回りの環境に関心をもってもらおうと、県内小・中学生を対象に毎年開催されています。作文テーマは「新潟水俣病」や「身の回りの環境」などで、今回は137人から応募がありました。なお、今回の優秀賞は下記のとおりです。
 

◆優秀賞を受賞された皆さんと作品テーマ

 
優秀賞5作文の全文は下記に掲載します!
 

(写真提供:新潟水俣病共闘会議)
 

小学校1・2年生の部

 

きれいな水を守るために

奥山 理央さん(五泉市立五泉小学校2年)

 わたしがすむ五泉市には、トゲソというぜつめつきぐしゅの魚がすんでいます。また、吉清水やどばしっこ清水などの清水もあります。吉清水の水は、とてもつめたく、すきとおっていて、すごくおいしいです。「休みにはいつも水をくみに来るんだよ。」遠くからも、この清水に来る人がたくさんいます。五泉の水はとてもきれいです。
 でも、まだわたしが生まれる前、この清水の近くのあが野川で、新がた水俣病というこわい病気がおきたことをお父さんが教えてくれました。たくさんの人がなくなったり、体が不自由になってしまったりしたそうです。そして、今でも、苦しい思いやかなしい思いをしている人がいることを聞いてすごくびっくりしました。その病気は、工場から「ゆうき水ぎん」というどくをふくんだ水が川に流されたことが原いんだそうです。その川でとった魚を食べた人が病気になってしまいました。わたしはとてもこわくなりました。そして、水の大切さにも気づきました。いつも当たり前にのんだり、つかったりしている水がよごれてつかえなくなったら、今の生活をすることができなくなってしまうからです。
 わたしは、これからも、水をおいしくのんだり、つかったりできるように、水をできるだけよごさないようにしたいです。わたしは、一年生の時から、ごはんを食べた後、自分がつかった茶わんや皿のよごれをペーパータオルやへらでおとしてからあらっています。油などをそのまま水に流してしまうと、その水をきれいにするには、とてもたくさんの水がひつようだと教えてもらったからです。
 わたしは、トゲソがすんだり、おいしい清水がのめる五泉の水をいつまでも大切にしていきたいです。だから、これからも自分にできることをつづけていきたいです。
 


小学校5・6年生の部

 
 

新潟の環境をきれいに保つ

小林 莉々さん(上越市立国府小学校5年)

 人の意識が、環境をきれいに保つために一番大切なことだと思います。海と川をきれいに保つことで、空も森も、そして、人も心もきれいになるとわたしは考えます。
 わたしの学校では、春と秋に海岸清そうをしています。早朝の海に集まるこの活動に毎回母と参加しています。いつもたくさんのゴミがあって、変な液体が入っているゴミも数えきれないぐらいの量でおどろきます。液体がこぼれ落ちている物も何個かあって、汚れや病気のリスクが上がってくると思います。
 水俣病は、工場はい水に毒が混じって川に流され、汚染された魚を人間が食べて起きた公害です。私たちも海や川に変な液体や洗剤などを流したり、捨てたりしないことを心がけなければいけません。
 新潟水俣病の被害の原因となる有機水銀を工場から止められたのは、約三十年後でした。プラスチックの製造はありがたいのですが、川に毒を流したことが問題です。富山県は一九一〇年ごろ、熊本県は一九五六年、新潟県は一九六五年、何十年も前のことですが、もっと気を付けていればこのような事件はなかっただろう、公害は起きなかったのではないでしょうか。
 このように考えると、一人一人が川や海をきれいに保つように気を付けていれば、こんなに被害がでなかったと思います。
 資料館に行き、語り部の権瓶さんと新潟水俣病の勉強をしました。見えるはん囲がせまくなる人、ずっとセミが鳴いているような耳鳴りがする人。また、足が動かしにくくなれば、それが原因で事故が起きるのではないかと思いました。とてもつらい症状の人もいれば、症状がすぐに出ない人もいて、人によって症状にちがいがあるのだとよく分かりました。また、地域の人達からの仲間外しや結こんを断られたなどの差別があったことも教えてもらいました。わたしは、どの症状もつらいと思うのですが、最もつらいのは、「新潟水俣病なのに認めてもらえない。」そんな切ない気持ちが心に残りました。
 新潟水俣病と分かっていても、周りの人や国に認めてもらえないのは、とてもつらいことだと思います。さらに、働くことが大事だと思ったのに、思い通りに働くことができない切ない気持ちをわたしたちが次の世代に伝えていきたいです。
 新潟水俣病のことを知らないと、同じあやまちを繰り返してしまいます。わたしはこの学習をして大切にしていきたいことは、偏見をなくすために、変なうわさを流さないために自己判断をしないこと、そして、間違った行動は止めることです。
 

 


 

新潟の自然

高原 望さん(上越市立国府小学校5年)

  最近、近所の名立に行ってサケや漁港を見学しました。ぼくは、新潟の自然はとてもすばらしいと感じました。何よりサケが一番印象に残っています。「すごい、こんなにサケは名立川に戻ってくるのか。」ぼくの予想をはるかに上回りました。漁港では、カニをとるしかけや漁から帰ってきた船からおりてきた甘えびと深海魚を見せてもらいました。魚雷で亡くなった人の名前が残っているお地蔵さんがいることを教えてもらって、漁港って船が来るだけじゃないことを学びました。
 サケについて調べると、サケは四年程かけて遠くベーリング海まで行き、日本の川に確実に戻ってきます。同じようにウナギもマリアナで産まれて日本に戻ってきます。ウナギは日本で数年間過ごした後、産まれたマリアナに戻ることがサケとの共通点だと思います。ぼくの推測ですが、サケもウナギも海で数年過ごしたら、きゅう覚をたよりに産まれた場所に戻ってくるのではないかと思います。
 ウナギは産卵場所のマリアナで三百万個の卵を産み、サケは三千から四千個の卵を生まれた川で産んで死んでしまいます。なぜ、ウナギの方がこんなに多く卵を産むのかと考えたら、他の魚に食べられるので産卵する数が増えるのだと思います。そして、放流したサケが名立川に戻ってくる確率は千分の一だとサケ漁業組合の方に教えてもらいました。
 ぼくは、サケやウナギについて学習して、自然のきびしさを知りました。他の人にもこのきびしさを伝え、ふ化した魚が一匹でも多く育つ海や川を守っていきたいです。
 さて、そんな自然豊かな新潟ですが、今、自然が壊されています。みなさんは、マイクロプラスチックという物を知っていますか。約5㎜以下の荒波にもまれ、細かくなったプラスチックのことです。その細かくなったプラスチックを魚が食べて、イルカやクジラ、カメや魚がどんどん死んでしまっています。
 五年生になった四月に近くの五智海岸の清そうをしました。ぼくたち六十二人が一時間ほどで集めたゴミの量は、軽トラックの荷台いっぱいにうまる量を片付けました。ですが、一ヶ月後に海岸に行ったら、ゴミが大量にあるのです。数は分かりませんが大量と言うことだけは分かりました。
 海岸を清そうをする人たちがいる一方で、ポイ捨てをする人がいます。なぜだと思いますか。ぼくは知名度が低いからだと思います。それに、プラスチックをトウモロコシなどから作るバイオマスプラスチックに変えた方が良いと思います。すでに自動車の部品やコンビニのレジぶくろに取り入れられています。このようなことをもっとテレビや新聞などで取り上げるべきではないでしょうか。
 

 


 

気にかけるだけで救える人がいる

山田 結菜さん(上越市立国府小学校5年)

  私は、公害である新潟水俣病を決して忘れてはいけない事件だと考えます。なぜなら、このまちがいを絶対に繰り返してはいけないからです。
 私は、新潟水俣病のことを事件だと思っています。工場から出された有機水銀の毒が、川に流れこんだことが新潟水俣病の原因だからです。それに、なぜ毒を処理しないで流したのか、きちんと説明されていないからです。
 社会科の授業で、私は水俣病になってしまった子どもの小さな手を写真で見ました。白黒の写真でしたが、何か異変を感じました。小さな手が、本当は曲がってはいけない方向へ曲がっていたからです。わたしは、こんなに小さな手をもつ子どもまで被害にあい、さらに、何も知らずに魚や貝を食べただけで被害にあったことがおそろしくなりました。
 十一月に人間と環境のふれあい館に行きました。そこには、語り部さんの権瓶良雄さんがいらっしゃって、私たちは大切なことを教わりました。戦争が終わり日本の工場生産がさかんになりました。それによってけむり、水などが汚されました。その上、権瓶さんは、「体がいうことをきかなくて、苦しい。」と補ちょう器と度の高いめがねをつけて語ってくださいました。ずっと耳鳴りがするのでとてもつらそうでしたが、自分のことをたくさん教えてくれました。新潟水俣病は、健康や生活、仕事をうばっただけでなく、人々の心までこわしました。新潟水俣病は人から人へうつる病気ではありませんが、おそれられて地域の絆をさく差別も生み出したからです。それに、国や県に申請しても、なかなか受理してもらえませんでした。
「金がほしいから、さい判を起こしている。」
「税金どろぼう。」
とうそだとうたがわれて、傷ついた人がたくさんいたことを絶対に忘れてはいけません。
 私は、相手をよく知ることで差別・へん見を生み出さないようにしたいと考えます。その人がとても努力していても知らなかったら差別してしまうかもしれない。相手のことを知ったらよい一面も見えるかもしれない。この学習で理解する大切さについて考えました。
 一方、そんな昔のことなんか、今さら知ってももう遅いのではないかと思う人もいるかもしれません。ですが、今の地球はどうでしょうか。地球温だん化が進み、環境がこわされ、第三の水俣病が起こる可能性があるのではないでしょうか。私たちは、環境を守らなければなりません。
 だから、私は、新潟水俣病を忘れないで伝えたい。一人ひとりが少しでも環境を気にかけるだけで苦しむ人が減るかもしれない。つらい気持ちにならなくていいかもしれない。そのために、この悲しい事件を伝えていかなければならないのです。
 

 


 

言葉でだれかの支えになること

加藤 結心さん(新発田市立外ケ輪小学校5年)

  私が新潟水俣病を知り、深く心に残ったことは、差別や偏見に立ち向かい、つらい思いをしても頑張って生きてきた人たちの姿です。そのうらには、寄りそってはげまし続けた人たちがいました。差別・偏見は人権や大切な命をもうばってしまいます。一人一人がそれを理解し、支え合うことができれば、もっとより良い社会を築くことができると思います。
 授業で新潟水俣病患者の語り部さんからお話を聞きました。小さい頃から「たたり病」や「なまけ病」といった、心を傷つけられるようなうわさをされ、身体よりも精神的に苦しかったそうです。私が思っていた以上の差別や偏見があったことにおどろきました。
 では、どうして差別をしてしまうのでしょうか。私は、相手の立場になって考えることができれば、症状の大変さや、自分を認めてもらえない苦しさが想像できると思いました。にもかかわらず、逆にきずつけるようなことは、絶対にしてはいけないと思います。
 また、一人一人の違いを認めようとせず、自分の違う部分があることを否定しています。平等に接しようとしないで、どこかで人を下に見ているのではないでしょうか。
 そんな差別・偏見にたえられなくなり、語り部さんは自ら人生に幕をとじようと考えたこともあったそうです。それでも生きてこられたのは、温かい言葉をかけてくれた人たちがいたからです。言葉は人の命をうばうこともあるけれど、逆に命を救うこともできるのだなぁと思いました。
 私は言葉で人の命を救うことができなくても、少しでも支えられるような人になりたいなと思いました。しかし、私自身が普段の生活の中で、誰かの支えや助けになっていることは少ないと思います。また、困っている人を見逃していたこともあります。
 先日、電車内の優先席で、お年寄りに席をゆずっていた人がいました。それを見て、優しいなと思ったのですが、母が、
「ゆずった人は補聴器をつけていたね。」
と言いました。私はそのことに気づきませんでした。障がいの有無にかかわらず、お年寄りを助けたその人がすごいと思いました。そして、そのことに気づいていた母の視野の広さにおどろきました。私は自分のことばかり考えていたんだなと思いました。
 水俣病から、言葉で誰かの助けになること、そして、誰かの立場になって考えることを学びました。でも、生活の場で困っている人を見つけ、助ける心をもっていなければ意味がありません。だから私は、いつでも相手の気持ちを考え、周りの視線にためらわずに正しいと思ったことを行動に移せるようになりたいです。そして、二度と同じことをくり返さないように水俣病の公害を、語り継いでいきたいです。

  

第24回新潟水俣環境賞作文コンクール

  • 主催:新潟水俣病被害者の会、新潟水俣病阿賀野患者会
  • 後援:新潟県・県教育委員会、新潟市・新潟市教育委員会、阿賀野市・阿賀野市教育委員会、五泉市・五泉市教育委員会、阿賀町・阿賀町教育委員会、長岡市・長岡市教育委員会、上越市・上越市教育委員会、三条市・三条市教育委員会、柏崎市・柏崎市教育委員会、新発田市・新発田市教育委員会、小千谷市・小千谷市教育委員会、加茂市・加茂市教育委員会、十日町市・十日町市教育委員会、見附市・見附市教育委員会、村上市・村上市教育委員会、燕市・燕市教育委員会、糸魚川市・糸魚川市教育委員会、妙高市・妙高市教育委員会、佐渡市・佐渡市教育委員会、魚沼市・魚沼市教育委員会、南魚沼市・南魚沼市教育委員会、胎内市・胎内市教育委員会、聖籠町・聖籠町教育委員会、弥彦村・弥彦村教育委員会、田上町・田上町教育委員会、出雲崎町・出雲崎町教育委員会、湯沢町・湯沢町教育委員会、津南町・津南町教育委員会、刈羽村・刈羽村教育委員会、関川村・関川村教育委員会、粟島浦村・粟島浦村教育委員会、新潟日報社、朝日新聞新潟総局、毎日新聞新潟支局、読売新聞新潟支局、産経新聞新潟支局、NHK新潟放送局、BSN新潟放送、N S T新潟総合テレビ、TeNYテレビ新潟、UX新潟テレビ21、FM新潟77.5 、FM KENTO、ラジオチャット・エフエム新津、エフエムしばた、FMゆきぐに・雪国新聞、燕三条エフエム放送、エフエム角田山ぽかぽかラジオ、エフエムとおかまち

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