持倉鉱山史料展覧会を11月13日(日)まで開催中!@阿賀町郷土資料館

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近年、持倉鉱山関連の史料が大量に収集され、あがのがわ環境学舎もそうした貴重な史料の提供を受けて、FM事業における資料整備事業の一環として電子データ化を進めてきました。その際に、県立図書館などの各種施設に眠る文献を渉猟したり、持倉鉱山の関係者や関係団体と粘り強い交渉を行って、散逸していた史料を収集・整理された中心人物が、阿賀野市にお住まいの小田辰兵衛さんです。
 
こうした資料整備の成果を踏まえて、阿賀町教育委員会の全面協力のもと、小田辰兵衛さんプロデュースによる持倉鉱山史料展覧会を下記のとおり開催します(※開催概要へジャンプ)。持倉鉱山の貴重な写真や現物史料などが一堂に展示されていますので、ぜひ足をお運びください!
 
また、持倉鉱山をご存知ない方のために、下記のとおり持倉鉱山の沿革を掲載しておきます。併せて、小田さんによる「持倉鉱山史料展覧会の開催挨拶」も下記に掲載します。興味がありましたらご覧ください!
 

持倉鉱山の沿革

持倉鉱山は、阿賀野川左岸の五十島集落を流れる五十母(いそも)川の約8㎞上流に所在し、江戸期に会津藩主が奉行を派遣して約100年ほど採鉱したのが始まりと言われています。その後、明治35年に、新発田の寺田助松氏が蛍石を採掘中に銅鉱床を発見しました。

明治39年、五泉の実業家・小出淳太氏が寺田氏が得た採掘許可を買い取り、明治41年には新しい製錬所が山中に建設され、本格的な銅山経営がスタートします。

当初、ここで製錬された荒銅は、五十島の川港から帆掛け舟に積み込まれ、阿賀野川をくだって搬出されました。折しも岩越線(現・磐越西線)の敷設が始まった頃で、鉄道による銅の搬出を目論んだ小出氏は五十島駅の設置にも投資・尽力し大正2年には開通します。 

その後、大正8年10月に三井鉱山が買収しますが、鉱床に恵まれず大正9年には閉山します。戦後は五十島鉱業㈱が昭和30年代まで蛍石を採掘していました。現在、カラミ煉瓦造りの製錬所及び事務所跡の産業遺構が山中に残り、興味をもって訪れる人が絶えません。

 

持倉鉱山史料展覧会の開催にあたって

 このたびは持倉鉱山史料展覧会にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。また、この史料展覧会の開催に当たり、多くの関係者・団体からご協力いただき、心より感謝申し上げます。

 東蒲原郡阿賀町五十島を流れる五十母川の上流に位置する持倉鉱山は、五泉の実業家・小出淳太氏が明治39年に採掘許可を買い取って本格的な操業を開始し、主に銅鉱石を採掘・製錬して荒銅を出荷していました。その持倉鉱山が現在多くの人々の関心を惹きつけてやまないのは、何といっても本山と五十島集落の間を中継したカラミ煉瓦造りの製錬所及び事務所跡が、長年の風雨にさらされ徐々に崩れ落ちつつも、かろうじてその壮麗な姿を現代の山中にとどめ残しているからでしょう。

 この産業遺構はこれまで鉱山や廃墟に関心を持つ一部の人々の間でよく知られていましたが、世間一般に広く認知されるようになったのは、平成25年12月に放映されたバラエティ番組内で大々的に紹介されて以降です。私個人としては、平成26年7月に道の駅「阿賀の里」が開催した持倉鉱山の探索ツアーに参加し、「古代ローマの古城」さながらの雰囲気を醸し出す遺構に驚き、強い興味を抱いたのがきっかけでした。

 しかし、実際に調べ始めてみても、持倉鉱山に関する史料で、すぐに見つかるものがあまり無いという壁に突き当たります。東蒲原郡には明治・大正期に数多くの鉱山が操業していましたが、その中でも足尾銅山の開発で知られる古河財閥が手がけた草倉銅山がとりわけ有名です。こうした歴史的な背景なども影響してか草倉銅山を研究する郷土史家は大変多く、現存史料も地元の行政・団体などの手ですでに数多く収集・保存されています。かたや、持倉鉱山の研究者はこれまでなかなか現れず、貴重な史料がほうぼうに散逸している状態でした。

 そこで、まず「鉱山研究会」の村田会長からご教示いただいた三井文庫から、三井鉱山五十年史編纂用の「持倉鉱山」部分をお借りして、多くの情報と共に貴重な本山地図を入手いたしました。これを皮切りに、新潟県立図書館や文書館、各図書館、鉱業関係団体、五十島などの地元集落の方々などから貴重な史料を続々と収集する過程で、小出淳太氏の直孫家からもご高配を賜り、小出氏ご本人愛用の手帳や小物、様々な写真等を含めた貴重な史料をご提供いただきました。

 こうして、多くの関係者・団体のご協力のもとに収集された史料は、これまで私が二冊の資料集として編纂・発行すると共に、新潟県が実施する地域再生事業を受託する一般社団法人あがのがわ環境学舎の資料整備事業を通じて電子データ化され、そのデータの寄贈先として阿賀町教育委員会との協議も進展しました。そうした中、せっかくの貴重な史料をもっと大勢の方々から展覧いただきたいとの想いが私の中で強まり、阿賀町教育委員会及びあがのがわ環境学舎などを始めとした様々な関係者・団体からご協力いただき、今回皆さんにご覧いただく史料展覧会として結実した次第です。

 今回の展覧会では収集・保存された史料すべてを展示できる訳ではありませんが、鉱山の経営過程を日々克明に記録した日記が小出淳太氏の手帳には綴られており、そこから得られた情報・知見などを整理・統合して、持倉鉱山の全体像を興味深く理解できる構成としております。米軍空撮写真を活用したユニークな「持倉鉱山施設概要図」と併せて、持倉鉱山の在りし日の姿に思いを馳せる一助としていただければ幸いです。

小田辰兵衛   

 

開催概要

  • 展覧日程:平成28年11月3日(木)〜13日(日)(休館日:11月7日(月)・8日(火))
  • 展覧時間:10時〜16時
  • 展覧会場:阿賀町郷土資料館(阿賀町両郷甲2200
  • その他:入場・展覧無料/土日は小田辰兵衛氏が来館し、展覧ガイドをしている場合がございます。
  • 主催:阿賀町教育委員会  企画:小田辰兵衛氏&一般社団法人あがのがわ環境学舎
  • お問合せ先:電話 0250-68-5424(※一般社団法人あがのがわ環境学舎)

 

アクセスマップ


 

◆持倉鉱山史料展覧会チラシ

(PDF:1.2MB)
https://aganogawa.info/wp/wp-content/uploads/2016/11/motikura-tenji-low.pdf

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