第22回新潟水俣環境賞作文コンクール優秀賞受賞作品の全文を掲載します!


(写真提供:新潟水俣病共闘会議)
 
新潟水俣病被害者の会と新潟水俣病阿賀野患者会は6月、「第22回新潟水俣環境賞作文コンクール」の受賞作品を発表し、5名の方々が優秀賞を受賞されました。同コンクールは、新潟水俣病被害者の「こんな苦しみは自分たちだけでたくさんだ。子や孫に同じ苦しみを味わわせてはならない」という切なる思いから、次代を担う子どもたちに身の回りの環境に関心をもってもらおうと、県内小・中学生を対象に毎年開催されています。作文テーマは「新潟水俣病」や「身の回りの環境」などで、今回は329点の応募がありました。なお、今回の優秀賞は下記のとおりです。
 

◆優秀賞を受賞された皆さんと作品テーマ

 
優秀賞5作文の全文は下記に掲載します!
 

(写真提供:新潟水俣病共闘会議)
 

小学校3・4年生の部

 

自然のおくりもの

松本護也さん(新潟市立亀田東小学校4年)

 ぼくは冬が好きです。なぜなら、雪で遊ぶことがとても楽しいからです。ぼくは、寒くなってくると、早く雪がつもらないかなあと待ちどおしくてしかたがありません。今年の新潟の冬は、たくさんの雪がふったので、大人たちはめいわくだったみたいだけど、ぼくはたっぷりと雪で遊べました。
 ぼくは、雪がふった時、いつも思うことがあります。それは、雪でふわふわのかき氷を作って、おなかいっぱいに食べてみたいということです。庭につもった白くてふわふわの雪に、いちごやレモンやふどうのシロップをかけて食べたら、きっとおいしいだろうなあと思います。くいしんぼうなぼくが考えた夢の計画です。ぼくは、お母さんにかき氷のシロップを買ってとお願いしました。
 ところが、お父さんもお母さんも、雪はぜったいに食べてはいけないと、ものすごく反対しました。食べてはいけない理由を聞いて、ぼくは、びっくりしました。なんと、雪はきれいではないらしいのです。信じられませんでした。まっ白で、しずかに、ふわふわと落ちてくる自然のおくりものみたいな雪。その雪には、たくさんの空気中のよごれがまざっているというのです。
 調べてみると、雪には目に見えない小さなチリがまざっているだけではなくて、さんせい雪といって、りゅうさんやしょうさん、黄砂やPM2.5という体に悪いものもまざっていることが分かりました。ぼくは、何だかこわくなりました。雪は、新潟の山や海、川、ぼくの住む町、いろいろなところにふっています。あちこちに、空気中のよごれがまざった雪が、空から落ちているのです。
 どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。それは人間が空気をよごしたからです。工場のけむり、車のはい気ガスが空気をよごしてきたからです。ここは人間だけが住む世界ではないのに。
 空気をよごしたのは人間です。だから、空気をきれいにするのも人間がしなくてはいけません。空からふってくる自然のおくりものが、きたないままではいけません。ぼくたちが努力してできることがあるのなら、ぼくは空気をきれいにするお手伝いがしたいと思いました。そして、よごれていない雪がふる世界にしたいです。人間以外の生き物のためにも自然をよごさず、きれいなままにしてあげたいです。そして、いつか、ぼくは、ふわふわの雪をみんなで思いきり食べてみたいのです。
 

  


小学校5・6年生の部

 

次は僕たちが後世へ語り継ぐ番

勝見ゆずなさん(新発田市立外ケ輪小学校5年)

 僕は、「環境と人間のふれあい館」の様々な資料を見たり、語り部である曽我浩さんのお話を聞いたりして呆気にとられた。なぜなら僕が思っていた何倍も悲惨な事件だったからだ。
 水俣病は工場が生き物に有害な有機水銀を独断で阿賀野川に流したことにより、川の中に生息しているプランクトンを水生昆虫が食べ、その水生昆虫を魚が食べ、そして有機水銀が何倍にも濃縮された魚を人間が食べ、水俣病が発病してしまったのだ。水俣病の主な症状は、手足のしびれ、ふるえ、耳が聞こえにくくなる、味やにおいが分からなくなる、手足の感覚が鈍くなる、最悪亡くなってしまう病だ。僕が「環境と人間のふれあい館」へ行き、驚いたことが二つある。一つ目は、薬がないことだ。お話を聞く前は完治する薬はなくとも、症状を和らげる薬はあるんじゃないかと思っていたので、ないの!?と、凄く驚いた。二つ目は、水俣病の患者さんへの差別だ。実際に患者さんへ送られたハガキを見て、本当に驚いた。人は未知の病を前にすると、ここまで醜くなってしまうのだと言葉を失ったと同時に、僕もそういう事をしてしまうのではないかという恐怖に襲われた。有機水銀を流した工場にも何か理由があったのかもしれないが、どんな事情があろうとも、普通にくらしていた多数の人々の普通の日々やいつもの幸せを奪った罪は重い。人はきっと恐怖に勝てない。そして差別も無くならないかもしれない。だが、最大限なくすことはできる。そして僕らが曽我浩さんから聞かせていただいたことを後世に語り継ぎ、この悲惨な事件を二度とおこさず、そのような思考をなくしていこうと思う。
 人間や、他の生物にとって、例外もあるかもしれないが、水は生きるために必須である。そして、食べ物は、同様に生きるために必須だ。それから、もう一つ必須なもの、それは空気だ。それらを全て汚染されたらどうだろうか。その地域にはもう住めないだろう。容易に想像できるほどに最悪な光景だ。このことからわかるとおり、僕は、食べ物や水、空気の安全は、僕達の健康だと思っている。だからその安全が損なわれるような事はさけなければいけない。
 僕は、とても恵まれていると思う。今、この瞬間息を吸えていることや食べるもの、飲むものを選べていることに幸せを感じている。だが自分のことだけでなく、世界にも目を向けなければならない。世界には汚い水でも生きるために飲まなければいけない人や、食べるものも選ぶどころか無い人がたくさんいる。だからまず国内の環境問題を解決して、二度とこのような事件をおこさないために、僕らが語り継がなければいけない。次は僕たちが語り継ぐ番だ。
 

  


 

日本人の責務

鷲尾礼子さん(新発田市立猿橋小学校5年)

 「生活を豊かにする。」
 「経済を優先させる。」
 昔はこのような考え方は〝裏〟にありました。一方その頃、〝表〟にあったのは、
「自然に人は生かされている。」
というような自然のありがたみを理解した考え方です。この事実は今も昔もずっと変わらないことだと思います。しかし、高度経済成長期に入ると、この考えは逆転してしまいます。そして、この二つの考え方を逆転させたのが、〝人〟なのです。
 確かに、経済は大切だし暮らしが豊かになれば、便利なことが増えると思います。でも、車のガソリンの元は?服の糸の元は?鉄の元は?そう考えてみると、必ず最後にたどりつくのは、「自然」なのです。でも、その自然のありがたみを忘れてしまうのは、暮らしが豊かでも心は豊かではないと思います。その現れが、「公害」だったのではないでしょうか。
 また、新潟水俣病や他の公害病でも、差別が起こりました。公害は美しい自然や患者の健康だけではなく、地域や家族の絆まで壊していったのです。つまり、「心の公害」まで起きてしまったのです。
 私が水俣病について調べるにつれて疑問に思ったのは、こんな事を続けていたら、人の体に害が起こるのではないか?公害が起こるんじゃないか?と思った人は一人もいなかったのかということです。気付いた人もいたと思います。しかし、声を上げることはできませんでした。おそらくこの時代は、環境よりも経済の方が大切という考えを持つ人が多かったため、批判されたりするのが怖かったんだと思います。それこそ差別や偏見が起こっていたかもしれません。でも、周りの人がもう一度環境について見直したり、国が動いていれば、公害も防ぐことができたと思います。だから、その時の人々の意識しだいで、公害をなくすことはできたのです。なのに、公害を防ぐという選択しがあったにもかかわらず、人々は見向きもせず、公害が起きてしまう道へ進んでしまったのです。
 「公害を二度と起こしてはいけない。」
 語り部のそがさんもおっしゃっていました。また、公害が起きてしまったときは、まだ人々の心の中のすき間に、環境や自然のありがたみをわかっていない部分があると思います。その心のすき間をうめるには、自然のありがたみを理解することだと思います。それが理解できていたならば、公害は自然になくなると思います。本当に財産になるものは、お金などではなく、美しい自然だと思います。私はその自然を次の世代へと受けつなげていくことが、この国土に暮らす、日本人の責務だと考えます。
 

  


中学校の部

 
 

二律背反

阿部由佳さん(新潟明訓中学校2年)

 現在の新潟県で生活する私が思い浮かべる阿賀野川は、穏やかで雄大な流れを持ち、周辺地域の人々から親しまれている姿だ。しかし、今からたった五十年前にはこの川は我々人間の手で汚染され、そして、汚染されたその水が多くの人間の命と、幸せな日々を奪っていた。人間は何と罪深いのだろう。豊かな生活を手にした者の微笑みの裏に、今までの生活すら続けられずに死んでいった誰かの悲鳴と悲痛な叫びが隠れている。人間とはなんと罪深いのだろう。心ない言葉を、埋まることのない周囲との深い溝を嘆く誰かの裏には、幸福を手にし、平和を謳う者がいる。そう感じる反面、私は次のようにも考えてしまう。人間は何と優しいのだろう。自分は病に冒され生きるだけで精一杯なのに、自分以外の誰かが苦しまぬ為に声を上げた人がいた。人間は何と美しいのだろう。心ない言葉に胸を抉られながらも、自分以外の誰かの為に戦った人がいた。人間を傷付け、命を奪ったのが人間なら、共に苦しむ者を一人残らず救おうと奮闘したのもまた、人間だ。
 私は、水俣病をはじめとする、高度経済成長期に発生した公害は防げたことだったと考える。なぜなら、人間が吸い込む空気へ有害物質を流せば大きな被害が出てしまうことくらい考えられた筈だから。「命の川」と親しまれ多くの人間の生活を潤していた川へ毒を混入させればその水はたちまち姿を変えて人間を蝕んでいくと、少し考えれば分かる筈だから。それでも川を、空気を汚すその手を止めなかったのは、彼らが考えることを放棄したからなのではないか。
 中には、日本が現在のような先進国の一員となるためには必要は通過点だったと言う人もいる。しかし、本当にそうなのだろうか。本当に、息もできないほどに苦しむ人々の叫びに耳を塞ぎ、苦しそうに顔を歪めて手を伸ばしてくる人々に目を瞑ってまで先進国に肩を並べなければならなかったのだろうか。私はそうは思わない。いかなる理由があろうと、救える人の手を振り払い、その手を踏みつけにするなど、到底許されることではない。
 それから、公害の被害者たちに差別や偏見の目を向けた人間も、少し状況が違えば存在しなかったのではないかと考える。被害者たちの悲痛な叫びを、生きることすら苦しいと思ってしまうほどの病の重さを少しでも「知って」いれば心ない言葉を彼らに投げるような者はいなかったのではないか。差別や偏見をなくすために必要なのは、優しさなどという壮大なものではなく、ただ「知ろうとすること」、「一歩近付こうとすること」、たったそれだけなのではないか。
 経済発展を優先したために多くの公害病患者が発生したことはもう変えられないことだ。私たちに今、求められているのは同じ悲劇を繰り返さないこと。そして、今も苦しんでいる被害者たちに寄り添うこと。辛い過去に背を向けられずにいる彼らの人生の中に、幸せの萌芽が覗く瞬間を作り出すこと。
 私たちは人の弱さや狡さ、後悔を数多く学んできた。しかし、一歩踏み出す強さと覚悟の輝きを、そして、それらが運ぶ「幸せ」をちゃんと知っている。だから、私たちが被害者たちの過去と心を、そして己の未来を守るために必要なのは、相手を知ろうとする、一歩近付いてみるという、たったそれだけの決意なのだ。たった、それだけの。
 冒頭に引いた文章を、もう一度書こう。
 人間を傷付け、命を奪ったのが人間なら、共に苦しむ者を一人残らず救おうと奮闘したのもまた、人間だ。
 私たちなら変われる。他者を救える人間に。
 

  


現在のわたしたちに必要なもの

安田梨乃さん(新潟明訓中学校2年)

 昨年の春、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、学校が休校になった。オンライン授業はあったものの、先生や友達との関わりがほとんどなく、家に閉じこもった生活をしていた。それを見かねた父と母が、私を福島潟へと連れ出してくれた。初めは行くのが億劫だったが、広大な自然に目を奪われた。小さな沼で懸命に泳ぐ無数のオタマジャクシたち。大きな沼で静かに寄り添うつがいの水鳥たち。黄色い葉の花と遠くの山々とのコントラストが美しく、休校期間中に塞いでいた私の心は久しぶりに解放され、すがすがしい気持ちになった。世界中が不安に包まれている中でも変わらない自然の光景を、いつまでもつないでいきたいと思った。
 私は小学校、中学校を通して新潟水俣病について学んできた。新潟水俣病は人々の当たり前の日常を奪った。頭痛や耳鳴り、手足のしびれ、運動機能障害といった肉体的苦しみだけでなく、いわれのない差別からくる精神的苦しみを与えた。体が苦しくても差別を恐れて申請できない方や、受診すらためらった方がいた。そして今なお、認定されないままの方々もいる。患者や家族たちの苦しみを想像しただけで、私の胸は張り裂けそうになる。
 そもそも、新潟水俣病はなぜ起きてしまったのだろうか。私は、企業だけではなく社会全体の人たちに、自然や他者に対する思いやりの心が欠けていたからではないかと考える。
 企業の人たちは、自分たちの利益を優先するあまり、人体への影響や環境への配慮を怠り、工場排水を川に流してしまった。一方で、患者たちが苦しみの声を上げた時、その気持ちに寄り添うのではなく、陰口を叩いたり、差別をする人たちもいた。自然や他者を思いやる気持ちがなかったために、生態系を破壊し、心身共に傷ついた患者たちをさらに追い詰めることになってしまったのだ。
 では、今の私にできることは何か。新潟水俣病の学習を通じて、私は以下の三つの考えにたどり着いた。思いやりの心を持つこと。想像する力を持つこと。協力し合うこと。これらのうちどれか一つを欠いてしまっただけで、地球の生態系が破壊されたり、たくさんの人が苦しむ世の中になってしまう。思いやりと想像力を持ち、一人一人が自覚を持って協力していけば、よりよい世界を築いていけるはずだ。
 私たちは便利な世の中の暮らしに慣れてしまっているが、その暮らしを長く続ければどうなるかも知っている。昨年の七月からレジ袋が有料になり、今ではほとんどの人がエコバックを持つようになった。海洋汚染防止のため、プラスチック製のストローを紙のストローに変える企業も増えている。私もエコバックを持ち歩いたり、今まで以上にゴミの分別をしっかり行うようにしている。世の中全体の意識が環境保全に向かってきている。結果はすぐには現れないかもしれない。しかし、どんなに小さなことでもみんなで力を合わせれば、世界を変えることができるのではないかと思った。
 福島潟の自然に触れた時に思ったように、いつまでもこの環境を後世につないでいきたい。あのオタマジャクシたちは無事、カエルになれただろうか。水鳥たちは、今の福島潟で変わらず寄り添っているだろうか。思いやりの心と想像力を忘れず、周囲の人々と協力して毎日を過ごしていきたい。
 

  


 

第22回新潟水俣環境賞作文コンクール

  • 主催:新潟水俣病被害者の会、新潟水俣病阿賀野患者会
  • 後援: 新潟県・県教育委員会、新潟市・新潟市教育委員会、阿賀野市・阿賀野市教育委員会、五泉市・ 五泉市教育委員会、阿賀町・阿賀町教育委員会、長岡市・長岡市教育委員会、上越市・上越市 教育委員会、三条市・三条市教育委員会、柏崎市・柏崎市教育委員会、新発田市・新発田市教 育委員会、小千谷市・小千谷市教育委員会、加茂市・加茂市教育委員会、十日町市・十日町市 教育委員会、見附市・見附市教育委員会、村上市・村上市教育委員会、燕市・燕市教育委員会、糸魚川市・糸魚川市教育委員会、妙高市・妙高市教育委員会、佐渡市・佐渡市教育委員会、魚沼市・魚沼市教育委員会、南魚沼市・南魚沼市教育委員会、胎内市・胎内市教育委員会、聖籠町・ 聖籠町教育委員会、弥彦村・弥彦村教育委員会、田上町・田上町教育委員会、出雲崎町・出雲 崎町教育委員会、湯沢町・湯沢町教育委員会、津南町・津南町教育委員会、刈羽村・刈羽村教 育委員会、関川村・関川村教育委員会、粟島浦村・粟島浦村教育委員会、新潟日報社、朝日新聞新潟総局、毎日新聞新潟支局、読売新聞新潟支局、産経新聞社新潟支局、日本経済新聞社新潟支局、NHK新潟放送局、BSN新潟放送、NST新潟総合テレビ、TeNYテレビ新潟、UX新潟テレビ21、エフエムラジオ新潟、FM KENTO、ラジオチャット・エフエム新津、エフエムしばた、FMゆきぐに 76.2、燕三条エフエム放送、FM-J エフエム上越、エフエム角田山ぽかぽかラジオ、エフエムとおかまち

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