2012年07月01日

カテゴリー:コラム

【コラム】阿賀野川流域・地域再生の軌跡~その2「歴史から紐解く地域再生のすすめ」

◆FM事業とは?:目的と事業開始の背景

fm-logo事務局のYです。FM事業を振り返る短期集中連載コラムその2をお届けします。今回はFM事業の目的と事業開始の背景だけ簡単に説明したいと思います。

…と言っても、FM事業の目的と開始経緯は、右のサイドバーにある「阿賀野川え~とこだプロジェクトとは?」のページに飛んでいただければ、概略が書いてあります。その解説にもあるように、事業開始の直接の契機は、新潟水俣病40周年の平成17年6月に泉田裕彦・新潟県知事が公表した「ふるさとの環境づくり宣言」でした。

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この宣言には、地域社会の再生・融和を図りながら、新潟水俣病の教訓を伝えていき、今後ふるさとの自然を二度と汚さない方針が謳われています。この宣言に基づき、「もやい直し」の中核事業として、平成19年からFM事業が官民協働でスタートしました。

ちなみに、普通の人には聞き慣れない言葉ですが、(知事→も含めて)関係者が何気なく使っている「もやい直し」とはどういう意味でしょう?

これは、昭和30年に水俣病が確認されて以降、住民同士の絆が損なわれ、地域経済も疲弊した熊本県水俣市が、平成2年頃から取り組み始めた「地域の再生・融和」の試みのことです。この試行錯誤を20年以上も継続することで、現在の水俣市は日本有数の環境先進地として甦り、マイナスイメージをプラスに転換することに成功しました。FM事業はさしずめ、「新潟版もやい直し」といったところです。

FM事業開始の背景や「もやい直し」については、後の連載でもう少し踏み込んでお伝えしたいと思います。

◇FM事業の目的は「失われた2つの絆の紡ぎ直し」

FM事業の目的を一言で表現すれば、「失われた2つの絆の紡ぎ直し」ということになります。この「2つ」とは、「人と人の絆」と「人と自然の関係」を指しています。
ところで、「失われた絆」とは一体、「何が原因で」失われたのでしょうか? 実はこの部分をどう解釈するかが、地域再生の鍵のひとつを握るとFM事業では考えていますが、それを確認する前に、まずはFM事業の目的をおさらいしてみます。

本尊岩周辺

本尊岩と阿賀野川の帆船(提供:柏崎図書館・小竹コレクション)

かつての阿賀野川、近代化の光と影
かつての阿賀野川は、帆掛け舟が多数往来し、鮭やマス、川魚が豊富に獲れ、子ども達が楽しげに遊ぶなど、人々の生活の場そのものでした。そして、明治以降、阿賀野川流域の豊富な水量や鉱物資源に惹かれた様々な企業が上流域に進出し、日本の近代化や高度経済成長を華々しく支えると共に、地域社会に繁栄をもたらしました。しかし、その裏で、昭和40年に新潟水俣病という大きな公害が表面化して、阿賀野川に暗い影を落としました。

失われた二つの絆、向き合えなかった流域地域
この新潟水俣病の発生を境として、日本全体が豊かになる過程と歩調を合わせるように、阿賀野川流域の「人と人の絆」や「人と自然の関係」が急速に失われ、地域社会の経済も低迷していき、長い停滞に苦しむ現在に至ります。その間、地域として新潟水俣病に正面から向き合うことは少なく、ましてや新潟水俣病を乗り越える動きもないまま、発生から長い年月が過ぎた今なお、新潟水俣病問題は続いています。

流域近代化の歴史

左から、草倉銅山選鉱場(明治期、提供:柏崎図書館)、昭和電工㈱鹿瀬工場(昭和20年代、出典:鹿瀬工場タイムス)、補償協定(昭和48年、提供:新潟日報社)

新潟水俣病と向き合い、乗り越える流域づくりを目指して
「阿賀野川え~とこだプロジェクト」は、こうした現状を積極的に変えていこうと、阿賀野川流域の各地域が今も続く新潟水俣病問題の歴史や教訓と向き合い、それを乗り越えるような「人と人の絆」や「人と自然の関係」を紡ぎ直していくため、流域の住民・行政・民間団体 が手を取り合い、「新しい地域づくり」を目指して平成19年からスタートしました。(※以上がFM事業の目的です)

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阿賀野川の情景(阿賀野市千唐仁、撮影:山口冬人氏)

◇「人と人の絆」「人と自然の関係」は何によって失われたか?

先ほどの問いかけですが、公害問題に関心を持つ人の大半は“新潟水俣病の発生「によって」失われた絆”だと解釈します。しかし、FM事業ではその解釈も否定しませんが、さらに大きく捉えて“新潟水俣病の発生「を境に」失われた”と解釈しています。これは、公害発生の有無に関わらず、日本の全国各地で「人と人の絆」や「人と自然の関係」が失われてきた過程を念頭に置いています。

端的に言えば、問題の背景には「時代の流れ(=歴史)という要因」もあったと解釈しています。四大公害が発生した時代は、昭和の高度経済成長期でした。この時代が、現在の日本の豊かな生活の基礎を築いた裏で、様々な要因が複雑に絡み合って地方に公害や過疎化を招き寄せました。その後も日本が豊かになる過程で、実は地域から自立する力やその機会が失われ、各地が疲弊する現況に至ったとFM事業では考えています(※この過程はパネル作品「阿賀野川と共に生きたあの頃~風土と歴史が織りなす光と影」で詳細に分析しています)。

新潟水俣病が表面化してから40年近く、阿賀野川流域で地域再生が進展しなかった背景には様々な理由がありますが、これから地元の人々や地元以外の人々が流域の地域再生に協力してくれる鍵は、「共感」と「普遍性」だと考えています。それには、一方的な見方や固定化された視点ではなく、多面的な見方や現代にも通底する教訓を提示する必要があります。FM事業でお馴染みの、複雑な「時代の流れ(=歴史)」を(なるべく公平かつ丹念に)読み解く手法は、そのための重要なツールではないかと考えています。

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