2012年06月03日

カテゴリー:つぶやき・お知らせ

消えたものと消えつつあるもの

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旧三川村の五十島地区にある渡船場の跡。今は痕跡すらありません。

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ここで昔船頭をされていた方が教えてくださったのですが、
向こう岸に渡船場の階段跡がうっすらと窺えます。

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当時、実際に渡船場に建てられていた標柱を見せていただきました。
「県営」とあるのは、渡船ルートが“県道”扱いだったため。
その船頭さんも県の公務員でした。

阿賀野川をさらに遡上し向かった鹿瀬地域では、
草倉銅山や昭和電工㈱鹿瀬工場の跡地を見学しました。

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草倉銅山本山の坑道跡は、年々少しずつ崩れています。

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行き止まりにある本山のお墓の群れ。
青々とした緑に埋もれて、墓石が見えづらくなっていました。

俯瞰図(サイズダウン・トリミング縁)

かつて隆盛を誇った昭和電工㈱鹿瀬工場。今では関連会社が残るのみで、家や人や施設でひしめきあった当時の街並みはなくなり、ひっそりと静まり返ってました。

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バス停を眺めると、時間が止まってしまったかのよう…。

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当時のプールの門の跡。戦前(!)に昭和電工がつくったプールは、当時はまだ珍しく、子どもたちはこぞって押しかけ、ジャガイモを洗うような状態だったとか…。この門の向こうから、何だか当時の子どもたちの歓声が聞こえてきそうな気がします。

少し切ない気分になりながらも、最後は奥阿賀の滋味を堪能しました。

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おばあちゃんが囲炉裏端でこしらえた心づくしの郷土料理。しかし、これも辛うじて今残っているだけで、いつかは消え去ってしまうのかもしれません…。

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